【西原・メキシコ】5度メキシコ王者に輝いたプロボクサーが沖縄を訪れ感じたこと

2020.3.26

祖先のルーツを辿りたいとメキシコから沖縄を訪れた若者らがいました。One Okinawaは2019年7、8月に彼らに密着し、その様子を記録しました。

若者のひとりは、プロボクサーのナロユキ・コアシチャさん。アマチュア時代に5度メキシコ制覇を成し遂げ、メキシコオリンピック委員会所属選手として代表チームのキャプテンも務めた女性です。

2016年、メキシコシティ(ナロユキさん提供写真)
世界タイトルマッチを前に
計量に臨む=2017年、フランス・ドゥェー(ナロユキさん提供写真)
ナロユキさんルーツ探しの記録映像(by One Okinawa @YouTube)

「どんな情報でも知りたい」

100年以上前に沖縄からメキシコに移民したのはナロユキさんの曽祖父、小橋川栄光さんです。ナロユキさんは、彼の足跡を辿り、できれば親族と対面したいという強い気持ちで来沖しました。

「曽祖父が沖縄でどんな生活をしていたのか知る機会がなかった」とナロユキさん。「メキシコを出発したときは見つかるかどうか心配だった」とも言い、当初は不安げな表情をのぞかせていました。

これまで大切に保管してきたという曽祖父のメキシコでの移民登録記録書などを手に、祈るような気持ちで、県立図書館と琉球新報社・沖縄タイムス社を訪問し協力をお願いしました。

小橋川栄光さんの移民登録書(ナロユキさん保管資料)

県立図書館の移民資料コーナーでは、収集・整理されたデータベースから、すぐに栄光さんのものと思われる情報が見つかりました。栄光さんは1907年に鉄道工としてメキシコに移民したことが分かりました。また当時の旅券番号も判明。ナロユキさんは「ただの記号と番号だけど、曽祖父が生きていた証。なぜかとてもうれしいです」と涙ぐみながら微笑みました。

琉球新報、沖縄タイムスによる情報提供の呼び掛けのおかげで、西原町の男性から連絡が入り、栄光さんの足跡を辿ることもできました。

「沖縄のことをもっと知りたい」

栄光さんの出身地、西原町我謝で昔の様子を知る地元の人びとと交流しました。ナロユキさんは「曽祖父に導かれるように沖縄に戻り、新しい自分になったみたいです。とても幸せです。沖縄のことをもっと知りたいです」と話しました。

ナロユキさんは「沖縄に着き徐々に心が落ち着いた。皆に会えて家族だと思った」と話す
=2019年8月、西原町(李真煕撮影)
曽祖父の地元の人びとと交流=2019年8月、西原町(李真煕撮影)

地元自治会長の大見恵子さんは、地区の祭り・大綱引きで使う青い鉢巻きを贈りました。「次の試合で頭に結びます」とナロユキさんは応えました。

ナロユキ・コアシチャさん=2019年8月、西原町(李真煕撮影)

家族…

ナロユキさんには、同じくプロボクサーの兄ロムロ・エイコーさんがいます。ロムロ・エイコーさんはフェザー級でメキシコチャンピオン、ラテンアメリカチャンピオン、北米チャンピオンの座を手にしました。二人は、ボクシングと規律正しく向き合うコアシチャ家のスタイルは、曽祖父から受け継いだものだと信じています。

その一方でナロユキさんは、トレーニングを積み試合で勝利を重ねても「心の中に何かが足りないと感じていた」と打ち明けてくれました。「自分がどこからやってきたのか」というルーツへの思いが心の隙間にあったと言います。

兄さんのRomulo Eikoo Koasicha Martinezさん(左)とナロユキさん(ナロユキさん提供写真)

曽祖父の小橋川栄光さんは、1906年11月にパスポートを取得し、契約移民としてメキシコに渡りました。ナロユキさんの名字の「コアシチャ」は「小橋川」の沖縄の呼び名「クワァシチャ」がなまったものと考えられています。

家族に対するナロユキさんらの強い思いは沖縄と世界をしっかり結んでいます。密着取材を通じて、100年経っても絶えることがないウチナーンチュの海を越えたつながりを改めて感じました。

今回のルーツ探しが実現した背景には、メキシコ社会人類学高等研究所や現地の団体がトヨタ財団の助成を受け「移民の歴史継承」のためのプロジェクトを展開していたこともあります。2021年開催予定の第7回世界のウチナーンチュ大会に向け、One Okinawaも地元を盛り上げる力になれることを続けていきたいと思います。

(文・写真・映像 李真煕/One Okinawa)