【ボリビア】南米にある村「オキナワ」って知ってますか!? 屋良商店や比嘉食堂も/現地コラム・安里 玉元 三奈美さん①

2020.4.13

こんにちは。みなさんは南米・ボリビアにある「もうひとつのオキナワ」を知っていますか?

コロニア・オキナワ」という小さな村で「コロニア」とはスペイン語で植民地や移住地という意味です。この移住地は今から65年前以上に、沖縄からの移民によって作られました。

ボリビア在住の沖縄県系3世との結婚を機に、2018年からコロニア・オキナワに住んでいる私の視点から、今回は地球の反対側の「オキナワ」を紹介していきます!

南米にある「もうひとつのオキナワ」と呼ばれる村

沖縄から飛行機を乗り継いで35時間の距離にあるボリビア。ボリビア東部に位置するコロニア・オキナワには、約900人の沖縄県系人が住んでいます。 農業で名を挙げたこの地域には、仕事を求めて周辺からも多くの人々が移り住み、県系人以外のボリビア人の人口は約12000人です。

コロニア・オキナワをGoogle Mapで拡大すると、「オキナワ移住地」という文字がでてきます。世界でオキナワが行政区として登録されているのは、日本の沖縄とボリビアのオキナワの2つだけなんです!

めんそ〜れと迎えてくれる、コロニア・オキナワの入口

ボリビアの第二の都市サンタクルスから、コロニア・オキナワへ向かうと、「めんそ〜れ オキナワへ」と書かれた看板が出迎えてくれます。
入り口をぬけると、、、、、そこはまさにオキナワ!

入り口をくぐりぬけ、ちょっと進むと、オキナワ日本ボリビア文化会館、オキナワ歴史資料館、オキナワ第一日ボ学校、オキナワ診療所、オキナワ総合スポーツ公園、コロニア沖縄農牧総合組合などがあり「オキナワ」という名前がつく様々な施設があります。

驚くことに、沖縄の伝統文化、食も残っています!

なぜ?だと不思議になりますよね。

日本語で書かれたお店や日本食の食堂も

入り口を抜け、街には日本語で書かれたお店や日本食が味わえるお店もあります。
屋良商店、比嘉食堂、熱田食堂、ウチナー店など、沖縄で馴染みのある苗字や名前のお店ばかり。
商店で「味噌ある?」と日本語で聞くと「あるよ〜」とかえってきます。

日本語が通じると異国の地に来たとは思えないほど安心します。

熱田食堂

病院は日本語が通じるから安心

コロニア・オキナワの中央には、日本語が通じる病院「オキナワ診療所」があります。

診療所には、日本や沖縄に研修に行き、日本で働いた経験のある日系人の看護婦や医師がいます。なにより、日本語が通じるので、旅行中、急にお腹を壊したときには、安心して駆け込めます。スペイン語が分からない私も何度かお世話になりましたが、日本語で看病してもらえて、本当に助かりました。

午後は日本語で授業!三線や沖縄文化の授業も!

診療所の真向かいには、学校があります。
この学校には、日系人の子供達やボリビア人も通っています。
午前中はスペイン語、午後は日本語で授業が行われ、三線やエイサー、沖縄文化の授業も行われています。三線の授業を見学した時は、安里屋ユンタてぃんさぐぬ花の練習をしていて、ボリビアの地で聞く三線の音色に癒されました。

文化施設やスポーツ施設も

診療所から100mほど進むと、右にスポーツ施設、左にオキナワ日本ボリビア文化会館とオキナワ歴史資料館があります。スポーツ施設にはグラウンドとゲートボール場があります。

毎年7月にコロニア・オキナワ大運動会、10月にオキナワ親善ソフトボール大会など、地域のプライドをかけて行われるスポーツ大会は県系人の楽しみの行事のひとつです!

オキナワ歴史資料館では、コロニア・オキナワができた歴史を学ぶことができます。
コロニア・オキナワの開拓時の道具や写真を見ることができるので、歴史を知りたいという人はぜひ、資料館へ!

もうひとつのオキナワへ めんそ〜れ!

日本の反対側に位置するコロニア・オキナワ。

沖縄文化が根付き、ゆいまーる精神が受け継がれている村には、魅力がたっぷりです。ボリビアに旅行する際は、ぜひもうひとつのオキナワへめんそ〜れ!


プロフィール

安里 玉元 三奈美(あさと・たまもと・みなみ)
沖縄県出身。若者の祭典「世界若者ウチナーンチュ大会」を南米・北米・欧州・アジア・沖縄の5大陸で開催。海外に雄飛した県系子弟とのネットワークを形成。ミスうるま2015。2018年ボリビア在住の沖縄県系3世と結婚して、移住。2020年第1子出産。琉球新報ボリビア通信員。現地でライター、家系図制作、日本語教師をしながら、ボリビアで今も残る「沖縄文化」や「活躍する人材」にスポットを当て、ボリビアの情報を発信しています。