karolina takushi

【ブラジル⇔浦添】33年かけて「やっとアイデンティティ見つけました」カロリナ・カツミ・タクシさん【県系研修生インタビュー①】

2019.11.11

県内各市町村で受け入れている県系研修生インタビューシリーズ第一段!
ブラジル・サンパウロ出身のカロリナ・タクシ・カツミさんです。
お父さん側が宜野湾市、お母さん側が浦添市をルーツにするカロリナさんは8月から浦添市の研修生として三線など琉球・沖縄文化に触れながら、自らを再確認しています。
33年かけてもしっかりとつかみきれなかったアイデンティティを、沖縄で見つけることに成功しました。
そして、涙を流します。

「 ブラジルで 沖縄料理店を出したい」受け継ぎたかった祖母の味

-ブラジルでは普段、何をされていますか?
「弁護士の事務所で働いています。南米で3番目に大きい弁護士の事務所です。
あまり今の仕事とは関係ありませんが、大学では料理文化学を専攻しました。
沖縄の料理と日本の料理を出すレストランをやりたいと考えています」

-なぜ沖縄の料理をしたいのですか?
「家庭の料理は(学校で教わったりレシピなどがない分)教わることが難しいと思っています。みそ汁とご飯とか、シンプルな料理だからあまり教わらないけど、家庭の料理が本当に好きです」

-日本語はどうやって話せるようになったんですか?
「日本に7年間住んでいました。新潟とか静岡とか東京とか。いわゆる出稼ぎだったので日本語は必要最低限の会話だけでした。そんなに勉強はしていませんでした」

-なのになぜ突然今、沖縄料理や日本語に関心を持っているんですか?
「…ちょっと泣いてもいい?2年前におばあさんが2人とも亡くなりました。ずっと料理に興味があったけど、おばあさんから沖縄の料理を教えてもらう機会が作れませんでした。
おばあさんが病気になってから、ルーツとアイデンティティのことを一気に知りたくなったんだろうなと思って」

親戚と対面「似てるね!」

(親戚の女性と初対面@浦添市役所)
カロリナさん「似てる、同じスタイル。沖縄の顔」
親戚の女性「(親族と)似ている。すぐあなたが親戚って分かったよ」


-初めての沖縄、いかがですか?
「日本語、三線、書道、今月から活け花とエイサーもちょっと勉強しました。いつも市役所の人々と一緒に活動しています。特に三線が面白いです。今は「てぃんさぐぬ花」と「安里屋ユンタ 」を練習しています」

ブラジル人でも日本人でもない自分を、沖縄で探し当てた。

-初めて沖縄に降り立った時、何を感じましたか?
「(再び涙を流して)また深い話になります。沖縄に着いてから、雰囲気とか人々が他の国や地域とは違うと思いました。あちこち旅行したことがありますが、沖縄の人々は温かくて、家族や友だちのように接してくれます。
これまでアイデンティティが分かりませんでした。生まれ故郷のブラジルではブラジル人からは「あなたは日本人」と言われます。でも日本に来たら日本人から「あなたブラジル人です」と。でも日本人にもブラジル人にも、どっちの気持ちにもなれませんでした。私の家族は何か違うとずっと思っていた。半分日本人、半分ブラジル人だから「違う」と思っていました。でも、そうじゃない。私たちは「ウチナーンチュ」だから。沖縄に来てから、自分のアイデンティティ見つかってうれしくて」


カロリナさんのように、マイノリティルーツであるがゆえに「自分は何者か」との問いを持ち続ける人は少なくないといいます。

サンパウロの沖縄レストランでは「浦添で買った包丁を使いたい」と話すカロリナさん。開業が楽しみです!

(文・長濱良起/One Okinawa)