沖縄×世界で音のコラボ!セネガルやタイでハイブリッド民謡をREC!民謡歌手・堀内加奈子さん

2020.4.5

三線片手に世界中を旅し、各地でライブやセッションを重ねる民謡歌手・堀内加奈子さん。
西アフリカ・セネガルのミュージシャンとコラボし、現地でレコーディングしたアルバム「花想い」(2015)をリリースするなど、精力的に「沖縄×世界」の新しい民謡の形を提示する堀内さんのこれまでや想いに迫ってみました。

セネガルでレコーディング!

さっそくですが、
セネガルの楽器・コラ奏者のサホーさんとコラボしたアルバム「花想い」から3曲目でタイトルチューンの「花想い」です。

フィールドレコーディングされた鳥の声は、より一層セネガルの景色を想像させてくれます。
伴奏は三線とコラのみ。地球を約3分の1周したほどの距離にある両地の文化は、何の違和感もなく自然と混ざり合いました。

7曲目はセネガルで有名な曲「Galgankilaki」に、沖縄県民なら誰もが知ってる民謡「谷茶前」のお囃子を掛け合わせたキャッチーな楽曲です。

1.hamachidori/浜千鳥
2.thinsagu nu hana/てぃんさぐぬ花
3.hana umui/花想い
4.taara senegal traditional
5.umi nu chinbora/海ぬちんぼらー
6.Senegal(Live Mix)
7.Galgankilaki/Tanchame
8.Kaisare-instrumental

これが「コラ」です。

wikipediaより

セネガルを含む西アフリカの伝統楽器で、21本の弦を持ちます。ポロンポロンとした丸みを帯びた音色が魅力です。沖縄・奄美の三線と同じくリズミカルな短い音は聴き手をリラックスさせてくれます。

沖縄音楽 meets the world!

堀内さんは2009-10年の約半年間、三線片手に一人旅に出ました。
各国の沖縄移民に会ってその土地で生まれた歌を巡ったり、沖縄の曲を披露して知ってもらったりしました。

旅を終えてからも現在に至るまで、アメリカ、フランス、イギリス、ベルギー、スペイン、ドイツ、セネガル、ブラジル、アルゼンチン、パラグアイ、中国、台湾、マレーシア、タイなど多くの国を訪れて演奏などを重ねてきました。

2019年12月に米国カリフォルニアで公演した際のフライヤー
これは沖縄で、ブラジルの楽団と。

「セネガルに行くんだったら、コラという楽器がある。クラシックのハープの原型になった楽器ですよ」。アメリカ人の民族楽器研究者のデイビット教授から教えてもらいました。かつて沖縄に長く住んでいて、三線も弾けるそう。

2010年、セネガルでJICAボランティアの隊員として働く友人を介して、ホテルで演奏するミュージシャン・サホーさんと知り合うことができました。
コラの音と三線の音を合わせてみると「ノンストレスで音が合う」(堀内さん)
お互いの音が自然に絡み合い、心地よい音を奏でていきました。

それから4年後の2014年、制作のために再びセネガルの首都・ダカールを訪れて、サホーさんと何日かセッションを重ねた後、本格的なレコーディングスタジオに入って完成させたのが、アルバム「花想い」です。

「沖縄民謡はクラブミュージックと似ているんですよ」

堀内さんは、世界各国の音楽や、さまざまなジャンルの音楽との融合にも意欲的に参加しています。
2018年には沖縄県内を拠点に活動するユニット「CHURASHIMA NAVIGATOR」のアルバム「LIFE IS TREASURE」にセッションメンバーとして参加。堀内さんの唄と三線がエレクトロニカと高次元で交わり、スピリチュアルなエッセンスも感じられる心地よい音が広がっています。

オリジナル曲「花想い」はこのアルバムにも収録されています。
原曲、セネガルセッション、エレクトロニカと3バージョンが世に出ていることになりました。

「クラブミュージックも好きで、(ビートやフレーズが)繰り返される音楽もいいなぁと。そういう意味では沖縄の音楽も短い曲が何度も繰り返される音楽で、似ているんですよ」

他にもスカのアルバムに参加したり、様々な沖縄民謡をどんどんつなげて演奏する実験的な手法に取り組んだりなど、意欲的に音楽と向き合っています。

「いろんなアレンジで民謡をして、気分転換もしながら自分の中で楽しんでいるといった感じです。もちろん、本来の伝統的な民謡がしっかりできていて、というのが前提ですけどね」

県外や海外から沖縄に来るミュージシャンとのセッションライブも積極的に行っています。2020年2月にはドイツからパーカッショニスト/ドラマーのマニさん(80)を向かえ、前衛的なプレイに応酬しました。

「誰よりも沖縄の唄を理解したい」

北海道・函館出身の堀内さんが沖縄に来たのは、2000年のことでした。
東京でCM制作関係の仕事をしていた23歳の時、沖縄民謡界のレジェンド・登川誠仁さんとバンド・ソウルフラワーユニオンがプレイする三線が脳裏に焼きついたのがそもそもの始まりでした。

それから沖縄に渡り“沖縄民謡の重鎮”大城美佐子さんに師事します。お店で働かせてもらいながら、三線を教えてもらいました。先生だけでなく、耳の肥えたお客さんにも一緒になって育ててもらいました。

しかし、民謡をやるのが嫌になることもありました。
沖縄出身ではない自分の唄は「民謡じゃなくて、民謡っぽいね」と評されることも。
「だから、その唄の意味を誰よりも理解しようと、歌詞をしっかり掘り下げました。公民館を回って区長さんから話を聞いたり、沖縄各地にある歌碑巡りをして場所と唄を結び付けたり。歌碑ってたくさんあるんですよ実は。勉強も兼ねてみんなで楽しく歌碑巡りバスツアーも企画しました笑」

例えて言います。
「ブルースやジャズはもともと黒人音楽だったけど、今は白人でも日本人でもやっている」
沖縄の音楽を外へ広げる役目を確かに担っているのも、堀内さんです。

次なる展望「タイ音楽とのコラボアルバムを」

世界中に音楽仲間のいる堀内さんは、タイの伝統音楽とコラボ進行中です。

タイ北東部の音楽・モーラムとコラボしようとしています。ギターのような楽器『ピン』とか、日本の雅楽器・笙の原型になったとされる『ケーン』などと合わせた音楽のレコーディングが進んでいます」

2018年、タイでセッション


沖縄の音楽は、堀内さんの好奇心や行動力に乗り、世界中いろんな音楽と合流して、また意外な顔を覗かせてくれます。

(文・長濱良起 / One Okinawa)